私のメンター&友人の…
本田健さんの講演会にご招待されて、
昨日、家人やスタッフと共に参加して来ました。
2000名規模の大イベントで、本田さんらしい演出もあり、
懐かしい顔との「出愛」もあったりして、
2時間、とっても楽しませて頂きました。
その中で、本田さんが主に詩を書いて、
パートナーである奥さんが曲をつけ、歌を歌うという、
オリジナル曲の披露がありました。
とても素晴らしい歌で、感動しました。
その詩の一説に「人は人を愛するために生まれて来た」と
フレーズがあり、これは最近の私のテーマでもあり、
とても共鳴・共感し、感動でウルウルしてしまいました。
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昨日の私の「敏感になるって…?」という記事に対して、
いろいろなご意見を頂きました。ありがとうございます。
その中で、「より高次な意識体に波動を合わせて、
自分の周りに結界を張って、シールドすれば…」という
ご意見を頂きました。
確かに、それはとても的確なアドバイスだと想います。
はづきも以前はそうしていましたし、第三者に対してなら
同じアドバイスをするかもしれません。
でもそれは、ある意味、とても傲慢な考え方だと想うのです。
もし、「人は人を愛するために生まれて来た」のだとしたら、
その「愛」を限定したり、区別したり、分けてしまっては
それはもはや「愛」とは違うものになってしまうのでは
ないでしょうか?
波動のレベルが高いとか、低いとか、分けて考えてしまう
その考え方に問題はないのでしょうか?
太陽は、「愛」の表現体です。
波動の高い、低いによって、太陽が光を当てたり、
当てなかったり、対象を区別したりするでしょうか?
「結界を張る」とは、自分だけを守るというエゴのシールドに
他なりません。
それはそれこそ「レベルの低い対処法」ではないでしょうか?
もちろんスタート地点としては、「まずは自分から…」で
良いのだと想うのですが…。
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他人の波動に「やられてしまう」のは、
他人の問題ではなく、あくまで「私」の側の問題です。
「私」の中に同じものがなければ、共鳴することは
ありませんし、「私」の波動が全てを包み込めるように
なれば、「問題」はなくなることでしょう。
そういう意味で「まだまだ…」という【自らの現在地】を
思い知らされて、はづきはショックを受けたワケです。
さらに「まだまだ」と想っているという、その考え方こそが、
傲慢だと気付くと、さらにショックが重なります。
それでも、イヤ、だからこそ…、はづきは
「人は人を愛するために生まれて来た」のだと想います。
『あなたがそこに居てくれて、ありがとう』
『あなたを愛することが出来て、私は幸せです』
そんなことを思い出させてくれた、
昨日の本田さんの講演会でした。深謝。
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コメント
ものすごく怖い女性(雰囲気からしてピリピリしていました)から、一喝されて「顎関節」が動かなくなり、大学病院のお世話にまでなったことがあります。
医師からは、「そういう人とは関わらないように」とアドバイスされました。
「波動」って、こういうことですか?
本人はどんな感じなのでしょう?
投稿: 笛木のり | 2005/05/08 13:53
判りましたよ!はずきさんの波動が。科学が抜けているん?ですね~量子力学の世界を深く入ると、見えてきますよ。参考までに。勉強になりました、ありがとう。
投稿: Ei-Zi | 2005/05/08 17:22
ワガママな人が、好きだったりします。
攻撃する人は苦手ですが、
嫌われていなくて、ワガママなんてされてしまうと、
抱き締めたくなっちゃいます。
人間ぽい〜って、愛しくなっちゃう〜〜♪(*^_^*)
投稿: JUN | 2005/05/08 20:05
初めまして。
私も本田健さんの講演会に行ってました。
ハッピーバースデー、感動的でした。
投稿: 俊 | 2005/05/08 21:21
はじめまして。
太陽は愛の表現体のくだりに同感です。
毎日、楽しいこともあるし、傷つくこともあります。
でも、太陽を見ては、太陽はずーっと輝き続けて私達にエネルギーを送ってくれているのだ、
曇りの日も、雨の日も、雲の向こうでは、太陽は輝き続けているのだ、と思うと、なんだかちっちゃなことから大きなほうへ自分を向けることができるのです。
愛するために、強くなりたい、と思います。
投稿: ましゅまろん | 2005/05/09 08:45
<「結界を張る」とは、自分だけを守るというエゴのシールドに他なりません。>
ある方に勧められて結界なるものをはったことがあります。
わたしの場合は、そうすることによって、
<「私」の波動が全てを包み込めるように
なれば、「問題」はなくなることでしょう。>
にかなり近づいたように思います。
その方は、
「光の世界」に帰れないでさまよっている、目に見えない方々にも、肉体を持って暮らしている方々にも、全てに感謝の思いを送り、全てを、受け入れ、愛することができるようにと、まだまだ力が足らない私に結界をはることを勧めてくださったのだと感じていました。
その結果、わたしの中で「区分け・分類」という線引きが徐々に消えていったように思っています。
投稿: エミイ | 2005/05/10 12:46
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投稿: Armando Tonrey | 2012/04/10 18:27