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2006/07/28

lesson331:「父の死」

お元気様です。はづきです。

昨日もとっても暑かったですね。

…と言っても、はづきはまたほとんど、外に出ていませんが…(苦笑)。

昨日も一日、自宅のPCの前に座り放しでした(辛)。

なので、今日は朝からジムに行って、汗を流し、
それからオフィスに出かけて、お仕事して来るつもりです。

それでは、今日のご質問に、張り切って参りましょう~♪

########################

【その他についてのご質問】

今年は長年勉強してきたヒーリングの仕事で
開業するぞと意気込んでいたところ、
父が末期癌だと判明し一ヶ月で亡くなりました。

今は介護疲れと、虚脱感と、父を救ってあげられなかった
自分を責める思いでいっぱいです。

このタイミングの父の死は、私の人生にどんな意味がありますか?
教えてください。

生年月日1966、10,3

東京都 女性 39才 いぶきさん

########################

いぶきさん、ご質問ありがとうございます。

ちなみに、いぶきさんのBNは、「過去3」「現在8」「未来4」
現在は「サイクル:11動揺」の年に当たっています。

「サイクル:11動揺」の年は、「出会い」と「別れ」の年。
そして、それは「別れ」が先で、「出会い」が後になるのです。

そこでまず、覚えておいて欲しいことは、その方がどんな
亡くなり方をしたとしても、それは全て「寿命」だと
言うことです。

人は病気や事故で亡くなるワケではありません。
全ての人は「寿命」が来て、亡くなるのです。

突然の事故やトラブルに巻き込まれて亡くなった場合に、
残された家族や周囲の人々が、それを受け容れることは
確かに難しいことかもしれません。

特にご家族を亡くされた方が、この考え方を受け容れるのは、
厳しいことだと想いますので、無理する必要はありません。

悲しみを味わい尽くすのは悪いことではありませんので、
悲しい時は、無理せず、悲しみに浸るのも良いと想います。

しかし、スピリチュアルな視点から観た場合、
どんな死に方をしたとしても、それは全て必然であり、
「寿命」が来ただけなのだと言うことを
心に留めておいた方が良いでしょう。

ですから、いぶきさんのお父様がこのタイミングで
お亡くなりになったのも、偶然ではありません。

もちろん、それに対して、いぶきさんが責任を感じることも
何ひとつありません。

 +++++    +++++    +++++

ヒーリングという「お仕事」は、「命に向き合うこと」だと、
はづきは想っています。

「命に向き合う」ということは、「命」とは何か…が、
本当にわかっていないと出来ることではありません。

はづきもヒーリングの「お仕事」を始めてまもなく、
ある方の「死」に直面したことがあります。

はづきがヒーリングをさせて頂いた二日後に、
その方はあっけなく、この世を去って逝かれました。

これには、はづきも相当、堪えました。
しばらくは食事ものどを通らず、引きこもり状態にもなりました。

「もう止めよう。こんなことをするんじゃなかった…」
と激しく自分を責めたりもしました。

そんな時、はづきの内側から声が聞こえて来たのです。

『誰もあなたのことを責めたりしていませんよ。

あなたが誰かかの寿命を左右することなど出来ません。

あなたがそう想っているとしたら、それは傲慢と言うもの…。

止めたければ止めても構いませんが、あなたの覚悟とは

その程度のものなのですか?』…と。

確かに、その通りでした。

はづきが誰かの「寿命」を左右出来るなど、
なんと傲慢な考え方でしょう。

さらに人間は死んだら終わりというものではありません。

それを常日頃から周りに説いていたのに、
イザ、自分が関わった人が亡くなると、
こんなに動揺している自分が居るなんて…。

本当に恥ずかしくて、消え入りたい気分でした。

「ここで止めてしまったら、亡くなった方に逆に申し訳ない…」
と、はづきが想った時、またどこからともなく、声がしました。

『ありがとうございます。とても気持ち良かったですよ』と…。

 +++++    +++++    +++++

その声の主が誰かは、はづきにははっきりわかっていました。

しかし、それは自分で自分を慰めるために作り出した
幻聴かもしれないと、その時はあまり深く受け止めませんでした。

すると、翌日、電話がかかって来ました。

それは先日、お亡くなりになった方の娘さんからでした。

その娘さんの依頼があって、はづきはヒーリングを
させて頂いたのです。

その方は、電話でこうおっしゃいました。

「はづきさん、ありがとうございます。
あまり突然だったので、私も最初は戸惑いましたが、
父はとても安らかに亡くなりました。
はづきさんにして頂いたヒーリングは、とても気持ち
良かったみたいで、御礼を伝えてくれと言っていました」と…。

「……」。

はづきは何も言えませんでした。ただ、涙です。

そして、深く、深く癒されました。

受話器を握ったまま、涙を流していると、
また内側から声が聞こえて来ました。

『それがヒーリング。それが癒すと言うことです』と…。

その声のお陰で、はづきは「ヒーリング」のお仕事を
真剣に続けていく覚悟が出来ました。

 +++++    +++++    +++++

「ヒーリング」には、本来「癒し手」と「癒される側」が
存在するのではありません。

本当の意味で「癒される」時は、どちらにも
同じように深い「癒し」が訪れるのです。

それは「命」がつながっているから他なりません。

それは「癒し」が…、「ヒーリング」と言うものが…、
お互いの命と命が向き合うことに他ならないからです。

遊んでいるだけの命と言うものは存在しません。
故に、命と向き合う時には、甘えや遊びは許されません。

それだけに「ヒーリング」には常に真剣さが求められます。

いい加減な気持ちでやる「ヒーリング」は、
「ヒーリング」とは言えませんし、何より命に対して失礼です。

 +++++    +++++    +++++

いぶきさん、あなたが『父を救ってあげられなかった
自分を責める思いでいっぱい』になるのは、わかりますが、
それはある意味、とても傲慢な考え方です。

例え家族であっても、「寿命」は神の領域です。
私たちがどうこう出来るものではありません。

私たちは私たちの出来ることを精一杯させて頂くだけです。

お父様は、あなたのことをこれっぽっちも責めたりしていませんよ。

それどころか、「ヒーリング」のお仕事をすることを
きっと応援してくれていると想います。

ただ、それにはそれなりの覚悟が必要です。

その覚悟をお父様は、きっと最期のメッセージとして、
いぶきさんに伝えたかったのではないでしょうか?

「ヒーリング」のお仕事を止めるのも続けるのも自由です。
「ヒーリング」のお仕事だけが、「癒す」ことではありません。

しかし、「ヒーリング」をお仕事にするのなら、
やはり命と向き合う覚悟だけは必要だと、はづきは想います。

そんな「本物のヒーラー」さんが、ひとりでも多く誕生することを
心より願っています。合掌。深謝。

by はづき~♪


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コメント

親の死は、魂が永遠だと思ってもやはり辛いものですよね。私もいぶきさんのお父様のように母を末期癌で亡くしました。私も随分自分を責めました。この頃ようやく寿命だったんだなあと思うことができるようになりましたが、でも、まだ時々ちょっと胸の奥がいたくなることがありました。はづき先生の答えを読んで胸の奥にあった棘が抜けていくような気がしました。いぶきさんが質問してくださったことで私も癒されました。お二人に今とても感謝しています。いぶきさんのこれからをかげながら応援しています。ありがとうございます。

投稿: ピ | 2006/07/28 15:02

はづきさん。皆さん。
こんばんは。お元気様です。

ピさんと同じく私も今日のお話にはとてもとても癒されました。

もう4年も前ですが、いぶきさんと同じように父が末期癌だと判明し一ヶ月たらずで亡くなりました。

その時は幼い子供を連れて、暑い中、遠い病院と自宅と実家を行ったり来たり、持病も抱えて精一杯の看病をしました。

でも父が亡くなって、その悲しみをしっかり味わうこともできず、
受け入れることもできず…
もっともっと父が助かると信じてあげれば奇跡が起こったのではないかとか…
もっともっと優しい言葉をかけてあげればとか、
真実を伝えてあげればよかったとか…いろんな思いがありました。

今日のはづきさんのお話、涙なしでは読むことができませんでした。
そして、自分も本当に深いところで癒されていくのが分かりました。
もう、本当の意味で父の死を受け入れられるような気がします。

いぶきさん。はづきさん。
心からお礼申し上げます。

今日このお話に出会えて本当に良かったです。
ありがとうございました。

投稿: 満月のひかり | 2006/07/29 00:04

はづきさん
いつも良いお話をありがとうございます!!

>人は病気や事故で亡くなるワケではありません。
>全ての人は「寿命」が来て、亡くなるのです。

2ヶ月前に可愛がっていた16歳の近所の女の子を
自殺という形で失ってしまい、死に方が死に方だっただけに
今も夜になると思い出してしまい眠れなくなってしまいます。

自殺者であっても「寿命」であったと思っても
よろしいのです・・ね?そうであってほしいです。。。

投稿: くみ | 2006/07/29 10:09

はじめて書き込みさせていただきます。

私事ですが、今月の初めに父が他界しました。
長く患っていたのですが、1ヵ月ほど前に容態が悪化し、最後は眠るように息を引き取りました。
私も無力感、罪悪感に苛まれることが多々あります。
もっと出来ることがあったのではないか、もっと他にやり方があったのではないか、父は寂しくなかったか、心細くはなかったか、と。
どんなに後悔したところで、今となっては何も出来ないのに、それでもいろいろ考えてしまうんですよね。

・・・いいお話を読ませていただいたお礼を申し上げたかっただけなのに、つい余計なことまで書き込んでしまいました。
失礼しました。

はづきさん、いぶきさん。本当にありがとうございました。
乱文申し訳ありません。

投稿: ma-ya | 2006/07/29 17:40

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